男子バレーボールの石川祐希は何がすごい?イタリア&全日本での活躍

「龍神NIPPON」という名で親しまれている、男子バレーボール日本代表。東京五輪では29年ぶりとなる決勝トーナメント進出を果たし、バレーボールファンのみならず多くの日本国民に感動を与えてくれました。

中でも主将&エースとしてチームの快進撃を支えたのが、石川祐希選手です。「日本バレーボール史上最高の逸材」と言われることもある石川祐希ですが、バレーボールを普段あまり見ない方だと「一体何がすごいの?」と疑問に思うことでしょう。

そこでこの記事では、石川祐希のキャリアや日本代表での活躍を振り返りながら、石川祐希のバレーボール選手としてのすごさに迫ります。「バレーボールは好きだけど、詳しいことはよくわからない」という方は、ぜひ参考にしてください。

「日本バレーボール史上最高の逸材」石川祐希とは?

まずはじめに、「石川祐希ってどんな選手?」という方向けに、プロフィールなどの基本情報をご紹介します。

プロフィール

  • 誕生日:1995年12月11日
  • ポジション:アウトサイドヒッター
  • 利き手:右
  • 国籍:日本
  • 出身:愛知県岡崎市
  • 身長:192cm
  • 体重:84kg
  • 血液型:AB型

ポジション

石川祐希のポジションは、基本的にアウトサイドヒッターとされています。これはコートの両サイドからスパイク(アタック)を打つ選手のことで、アルファベットでは「OH」と表記されます。

また、同じく左右からスパイクを打つ選手としてウィングスパイカー(WS)と呼ばれることもあります。ウィングスパイカーは左右両方のポジションを指すのに対し、アウトサイドヒッターは主にコートの左側からスパイクを打つのが特徴です。かつてのバレーボールのポジション名では「レフト」に該当します。

全日本男子代表で考えると、石川祐希はアウトサイドヒッター、柳田将洋はアウトサイドヒッター(ウィングスパイカー)と考えると分かりやすいでしょう。ちなみに同じアウトサイドヒッターとして活躍する石川祐希と柳田将洋は古くから交友関係が長く、現在も非常に仲が良いコンビとして知られています。

身長・最高到達点

石川祐希のプレースタイルの特徴は、最高到達点が351cmという跳躍力に象徴されます。石川祐希の身長は192cmのため、跳躍力は約160cmに及ぶことがお分かりでしょう。

男子バレーボールのネットの高さは238cmであるため、ネットより113cmも高い位置からスパイクを打てるという計算になります。跳躍力があることでスパイクに角度を付けることができ、相手陣地の手前に強烈なスパイクを打ち込むことが可能となるのです。

また、石川祐希は状況判断能力に優れた選手とも言われており、瞬時に相手の陣形を見抜き、プレイヤーのいない場所へスパイクを打つ能力に長けています。他の選手よりも打点が高いうえに視野が広いことが、世界トップクラスの得点能力に結びついていると言えるでしょう。

石川祐希がイタリア・セリエAへ移籍するまでのキャリア

石川祐希は大学卒業後、日本のVリーグを介することなくイタリアのセリエAへと渡っています。ここでは石川祐希のバレーボール選手としての輝かしいキャリアを振り返ってみましょう。

星城高校時代

姉の影響で10歳の頃からバレーボールを始めた石川祐希は、地元愛知県の星城高校へ進学します。星城高校はバレーボールファンの間では非常に有名な高校で、過去8度も全国制覇を成し遂げているバレーボール強豪校です。

石川祐希が在籍した2012~2014年には二年連続高校三冠(春高バレー、インターハイ、国体)という史上初の快挙を達成しており、同時に99連勝という驚異的な連勝記録まで打ち立てました。石川祐希は背番号1のエースとしてチームをけん引し、この頃からバレーボール界で大きな注目を集める存在になったと言えます。

中央大学時代

高校卒業後の進路が注目された石川祐希は、その後バレーボールの強豪校としても知られる中央大学へ進学します。大学では1年生ながらいきなりレギュラーを獲得すると、チームは春季関東1部リーグで見事11連勝の全勝優勝を達成。早速チームのエースとして、大車輪の活躍を見せました。

大学在学中に全日本代表入りを果たすと、東京五輪に向けた強化指定選手として「Team CORE」のメンバーに召集されます。その後、韓国の仁川で行われたアジア大会にも出場し、シニア代表デビューを果たしました。

大学卒業後は日本のプロリーグである「Vリーグ」への加入が予想されていた石川祐希ですが、ここで大きな転機が訪れます。2014~15年シーズンにイタリア・セリエAの「パッラヴォーロ・モデナ」と契約すると、そのまま3か月間のバレーボール留学へ。さらに翌年の2016年シーズンには同じくセリエAの「ラティーナ」と契約し、全日本大学選手権終了後の3か月間、短期派遣がおこなわれました。

セリエAへ移籍

2018年3月に中央大学を卒業すると、石川祐希はVリーグを介さずに、在学中にバレーボール留学したイタリア・セリエAへと飛び立ちます。新天地となった「シエナ」では早速チームのエースとして活躍し、シーズン終了時にはリーグ12位となる376得点を記録しました。

2シーズン目には「パドヴァ」、3シーズン目には「アリアンツ・ミラノ」でプレーし、イタリア通算1,000得点という大記録も達成。セリエA唯一のアジア人プレイヤーながら、見事に周囲からの信頼を獲得しています。

全日本男子代表での活躍

石川祐希は中央大学時代の2014年に全日本男子代表に初召集され、東京五輪では主将を務めるにまで登りつめました。ここでは石川祐希の全日本男子代表における活躍を振り返ってみましょう。

2014年に初選出

石川祐希が全日本男子代表に初選出されたのは、中央大学在学中の2014年のこと。強烈なアタックで早くも頭角をあらわすと、2015年のワールドカップでは「ベストアウトサイドスパイカー」のタイトルを獲得するほどの大活躍を見せました。

2016年には、念願のオリンピックとなるリオデジャネイロオリンピックに参加します。その後も主要国際大会でベストスコアラー賞などのタイトルを獲得し、早くも日本代表のエースとして君臨しました。

2019年ワールドカップでの大活躍

数ある国際大会の中でも、石川祐希が特に華々しい活躍を見せたのが、2019年に行われたワールドカップです。石川祐希はこの大会で全体5位となる159得点を挙げ、セカンドベストアウトサイドスパイカーに選ばれました。同大会のスパイク成功率は52%で、実に半分以上スパイクを成功させていることがわかります。

石川祐希の活躍もあり、全日本男子代表はワールドカップで28年ぶりとなる4位に輝きました。惜しくもメダルは逃す結果となりましたが、石川祐希をはじめとする龍神NIPPONは世界中を驚嘆させたと言えるでしょう。

2021年東京五輪では主将に

2021年に行われた東京五輪では、石川祐希はチームの主将に抜擢されます。最終的には29年ぶりの決勝トーナメント進出という大躍進を遂げた龍神NIPPONですが、大会後の石川祐希の表情は悔しさに満ちており、まだまだ結果に満足していないことが伺えます。中でも世界ランク1位のブラジルに0対3でストレート負けした直後には涙を浮かべ、多くのファンの心を打ちました。

2021年シーズン、石川祐希は「パワーバレー・ミラノ」に所属し、チームのエースとしてフル稼働しています。また、同じくセリエAの「パドヴァ」に高橋藍が所属していることもあり、世界最高峰のイタリア・セリエAで日本人同士の対決も実現しています。

石川祐希は「かっこいいバレーボール選手」として女性人気も

龍神NIPPONの主将として活躍する石川祐希は、イケメンのスポーツ選手として女性ファンからも熱烈な支持を得ています。チームの主将、エース、イケメンとなれば、女性からの人気が出るのも必然と言えるでしょう。過去には女性アスリートとの熱愛が噂されることもありましたが、今のところ結婚の発表は出ていません。

2022年2月には、全日本男子代表のチームメイトである藤井直伸が胃がんステージ4を公表したことを受け、「絶対戻ってくる」、「#心はひとつ」などとSNS上でエールを送りました。チームの主将から送られたメッセージはSNS上でも反響を呼び、チームの精神的支柱としての一面を伺い知ることができます。

イタリアで日々成長を遂げる石川祐希は、全日本男子代表の主将&エースとして、チームを世界トップクラスへと導いてくれることが期待されています。2024年のパリ五輪を含め、今後の国際大会ではぜひ「龍神NIPPON」を牽引する石川祐希の雄姿に期待しましょう。